がんばらない。

Photo_75 ←ちょっと休憩

もともと私は、『努力・根性』といったモノがないほうだ。
しかも、努力したり根性だしたりしたとしても、それを表面化するがイヤというか、こっ恥ずかしいというか。
全くカッコつけてんじゃないよ、と思うひともいるだろう。
私はかなり、“ 甘ちゃん ” なのだ。 決して、お嬢ではないが。

そんな私でも、精神的にちょっと疲れたなぁというときや、これでいいのかなぁと思うことがある。たま~に。
そんなときに、ノォトを開いて読んでみる詩がある。
茨木のり子さんの代表作でもある 『 自分の感受性くらい 』 という詩だ。

「基本にかえる」ということがある。
それは人それぞれで、きっと中には「え?コレが基本なの?」と他人からみると感じることもあると思う。
そして、それはひとつのひともいれば、いくつもあるひともいるだろう。
私にとって、『 自分の感受性くらい 』 は、いくつかのひとつだ。

20歳前半に、この詩を知ったときには、後頭部をハンマーでバゴ~ン☆と殴られたような気分だった。
すべてが当てはまる自分がいたようなショックがあった。
そして、この詩に出逢えて好かったと思うようになろう、と思った。

それから何年も経つ。
今も、時々思い出したようにノォトの書かれたこの詩を読む。
少しは、「この詩に出逢えて好かった」と思うようになったのだろうか。
がんばらない私は図々しくも思うのであった。

Photo_77

ちっとも見守ってもいないし見守る気もないのに、
このような絵を描いて友達に送っている。
でも、思いがけず、「抱きしめたい気分になった」と云われて、
ちょっと有頂天になっている おバカな私であった。
いろんな人たちに見守られてずっと生きてこられたことを感謝しつつ‥。

コメント(6)