昔、私は、こともあろうことかあることをフト考えたことがあった。
それは、「私が女優だったらどの映画のどの役が演じたいか?」ということ。
まったくおまえは鏡で自分の姿を見たことがあるのか?!と突っ込まれ叩かれそうなことだが、最近ある映画を観て打ちのめされ、また同じことを考えた。
人間の頭のなかは常に自由なのだ。
まずは、クロード・ソーテ監督の『夕なぎ』で ロミー・シュナイダーが演じたロザリー。
とにかくカッコイイのだ。大人でカッコよくって女らしいひとって、そんなにいないと思う。
『ルードヴィッヒ』のときのロミー・シュナイダーも素敵なのだが、『夕なぎ』のときは何か特別なかんじすらするくらい。
機会があったら是非ごらんいただきたい映画だ。
そして、今も昔も変わりなく、「この映画のこの役!」と思っているのが、フランソワ・トリュフォーの 『突然炎のごとく』 でジャンヌ・モローが演じているカトリーヌ。
私にとって(?)、これ以上の役は未だに出てこない(大丈夫か?!)。
映画じたいも大好きで、この映画のビデオ(DVD)やパンフ(持っているのだ!)は出来ることなら棺に入れて欲しいくらい。
以前、友人知人にも「もしも女優だったらどんな役がやりたいか?」と聞いた。
すると、あなた、みなさん、スカーレット・オハラだのオードリーの演じた役全部だの、『ゴースト』(聞いた当時のヒット作)の デミ・ムーアだのぬかす、いえ、おっしゃっていた。
聞いた私は「えぇぇぇぇ~~っ?!あなた、女優なのよ!」と思ったものだが、それが普通の答えなのかもしれない。
普通って何だ、と聞かれても困るが‥。
女優だったら、おフランスが好きらしい、そんな私が打ちのめされたのが‥
最近は邦画を観ることが多くなった。
それは大変嬉しいことなのだが、その反面、洋画、特にヨーロッパの映画を観る機会がうんと減った。
鹿児島で上映されない、ということだけではないだろう。
なんだか久々のフランス映画だ~、楽しみ~、といった少々軽い気持ちで観に行った。
もちろん、ピアフのことは少しは知ってはいたが(曲など)、どんな人生を送ったかはほとんど知らない。クスリのことは知ってはいたが。
観ていて痛々しく感じることもあった。
それは、私がとっても甘ちゃんであるからだ。
ピアフの歌声と人生を与えてくれる、といっても私は遠慮するだろう。
なのに惹かれてしまって仕方がないのだ。
夏木マリさんのこの映画に対するコメントがなんだか私にとっては的を得たようなかんじだった。
これで安易に貴方の歌が唄われることが
少なくなるでしょう
私は少しホッとしてます
これまで、貴方の人生、そして歌は
私達の国では少々甘い伝説でした
唄うことが貴方自身だった‥
私は映画評論などを書かれている川本三郎さんが好きで、川本さんがおっしゃってらした、「映画の悪口は書きたくない。それよりも一本でも多くのいい作品のことを書きたい」ということを若いころに知って、自分でも、「そうだよねぇ楽しいこと面白いことでいっぱい詰まったバッグを持ち歩きたいよねぇ」とつねづね思っている。
なので、今から書くことは悪口だとは思わないでほしい。
面白い、と評判の 『HERO』を観た。
確かに面白くないことはなく、それなりに楽しめたような気がした。
それでも、「これって映画じゃなくてもテレビのスペシャルでもよかったんじゃないのけ?」と思わずにはいられなかった。
素人目に見ても、あとでテレビでじゃんじゃん放映するために作られているのがわかる。
その数日後に『エディット・ピアフ』を観なかったら、ここまで感じなかったかもしれないし、『HERO』を観て感動したひとたちが『ピアフ』を観て感動するかはそれぞれの感じ方なのでかまわないと思う。
『HERO』のような映画だってあっていいのだ。
でも、云わずにはいられないのだ。
映画ファンを映画館のスクリーンを舐めるんじゃない、と。
そして、これこそ(ピアフ)映画よ!と。
私がここで云っても何の影響もないし、どうにかしたいワケでもないのだ。
日本映画が元気になった、と云われているからこそ、「これぞ映画!」という作品も観て感じてほしいのだ。
できれば、映画館のスクリーンと音響で‥。
『エディット・ピアフ ~愛の賛歌』 のなかで、ピアフが海辺で編み物をするシーンがある。
同じく海辺で編み物をする映画も最近観た。
それは、『めがね』。
編み物というのは、精神的に落ち着ける作用があるらしく、寝る前にするといい、と聞いたことがある。
どちらの映画のシーンも観ていてもこころが安らぐような場面だ。
自分自身の人生だったら多分、『めがね』の小林聡美演じるほうを選ぶだろう。
でも、女優だったら迷わず、ピアフのほうだ。
今回の私は女優だったら、だから~。
