次の朝、叔母の家を出て名古屋駅まで行き、新幹線に乗り換えて京都へと向かった。
名古屋から京都はアッという間で、ウトウトするひまもなく着いた。
京都駅から在来線に乗り換えて、山崎へと向かった。
小さい駅の周りはこんなカンジ。
プチホテル
利休の茶室(国宝)があるという妙喜庵
入館は予約制らしい
ここで少し待つのだ
今回の旅行の一番のお目当てといっても過言ではない、『大山崎山荘美術館』へは歩いても行けそうなのだが、途中までの送迎バスがあったので、これに乗ることにした。
10時からの開館にあわせて待っている客は私を含めて10人弱。
送迎バスに乗って、美術館がある天王山の急な坂道を登ること3分。
バスが入れるのはここまでで、あとはテクテク歩いて行くのだ。
バスを降りるとすぐに小さなトンネルが
坂道をてくてく
緑のカーテンのなかを歩く
さわやかな新緑のなかを歩きながら、時々立ち止まり深呼吸をしてみる。
耳を澄ますと木々のサワサワ~という音と前を歩く人たちの話し声が遠くで聞こえるだけ。
途中、レストハウスがある
右側にはバラがたくさん植えてあった
私は途中で何度も立ち止まってボンヤリしていたので、一緒のバスに乗っていた人たちにはとっくに置いていかれ、下から歩いてきた人たちにも追い抜かれていたのだが、なんだかさっさと歩いて行くのがもったい気分だったのだ。
あともう少しかな
門が見えてきた
遠くに建物が見える
門柱の外灯
胸がわくわくしてくるのが自分でもわかった。
私のすぐ後ろから来たお兄さんが、「あぁ」と呟いたのが聞こえて少しうれしくなった。
私は、一度は行ってみたいあこがれの美術館というのがいくつかあり、少しづつだが機会があったら出かけている。
この、大山崎山荘美術館もそのひとつで、2年前に京都へ行ったときには時間がとれずに行かれなかったので、今回の京都はどうしても行きたかったのだ。
* 大山崎山荘美術館のHPはこちら → ☆
中に入ると、時を重ねたあめ色の内装が眼に入ってくる。
入ってすぐある暖炉の小さいスペースや当時としてはめずらしい二重窓、サンルーム、それぞれの部屋の照明などなど、ただただウットリするばかり。
特に、こういった洋館は階段まわりが本当にステキで、昇降するたびに手すりをなでるように触りながら、「当時のひともこんなふうにこの手すりをさわっていたんだなぁ」と思い、うれしくなる。
中は撮影禁止なのでお見せできないのだが、気になったかたは機会があったらぜひ出かけて、ご自身の眼でそして手で確かめて欲しい。
1階のテラスより
テラスから見た温室
睡蓮のある小さな池
本館では、ちょうど 『濱田庄司の眼』 という企画展が開催されていて、濱田庄司がコレクションしたものと濱田庄司の作品を観ることができた。
本館につながって、安藤忠雄が作った新館があるのだが、地下へもぐるように建っていて、さらに屋上は植物が植えてあるので、外からは本館をじゃますることなく存在している。
この円状の下が展示室になっていて、モネの睡蓮の数点展示してある。
まるで、自分が睡蓮の池にもぐっていったような、そんなかんじなのだ。
本館、新館の展示を観たあとは、本館の2階にあるカフェで休憩。
室内の席もあるのだが、テラス席もあるのでもちろんテラスへ。
涼しい空気のなかで
オリジナルのワインケーキ
テラスからの屋根
テラスからみた外壁
早く食べたいワン
ここでも、売店で買った絵はがきで友人たちに旅のたよりを書いた。
流れてくる風がとても気持ちよく、こんなに落ち着いた気分になったのは久しぶりだった。
約1ヵ月前には腰椎ヘルニアからくる坐骨神経痛が悪化して激痛が続き、手術入院も覚悟していた。
そうなると、仕事も辞めなくてはならないし、当分は歩くことも出来ないだろう、と思い、あまりの痛みと不安で涙がとまらない夜を幾晩も過ごした。
母は私があまりにも痛がるので何度も「救急車を呼ぼうか」と云った。
痛いと声に出さずにはいられない状態が続いたので声も嗄れてしまった。
そんな日が4~5日続き、少しづつ薬が効き始め、痛みも治まってきた。
それでも、きっと手術しないといけないんだろうな、と思って、いったんブログも休むつもりで整理し、少しでも動けるうちに、と入院の準備も少ししていた。
が、しかし、連休明けに母が通っている整形外科の先生に相談したところ、今の状態(薬や注射で痛みが数日で治まる状態)だったらすぐに手術する必要はない、と云われ、旅行も大丈夫ですよ、と云われて、これからいろいろと気をつけることなど指導してもらった。
なんだか気が抜けたようなかんじになった。
バッグにはキャンセルするつもりでいたので、飛行機のチケットが入っていた。
今回は4月に母が、「今、すごく体調がいいから今のうちにどうしても名古屋に行きたい」と云い、計画してチケットも取った矢先に私のヘルニアが悪化してしまい、キャンセルになりそうで申し訳なく、さらに落ち込んでいただけにホッとした。
この美術館は自分で歩いていかないと行かれないところにある。
だからこそ、京都へ行くのだったらぜひここに来たかったのだ。
五月の風のなか、美しい新緑の森を見ながらハガキに書いているうちに、「ここまで歩いてこられたんだ‥」と胸があつくなった。
友人たちには本当に心配をかけたので、感謝の気持ちも少しだけ添えて書いた。
建物の外のお庭も広く、天王山じたいもいいハイキングコースなので、お弁当を持ってきて食べると気持ちよさそう。
そういえば、一緒に山崎駅を降りた人たちはリュックを背負った人たちが多かった。
帰りは、ちょうどいい時間に送迎バスがないので駅まで歩いていくことにした。
ゆっくりと歩いていても、けっこう急な坂道が多いので、足早になってしまう。
坂道は登りよりも
下りのほうが足腰にくる
足の裏の土踏まずの上の部分に全体重がかかりマメができる予感と、ふくらはぎにビンビンきている予感は的中し、その日の夜からしっかりとマメと筋肉痛でアイタタ~状態になった。
しかし、時間がかからずに筋肉痛になったってことは、まだまだ若いってこと?!っていうことではなく、「あぁ、自分の足で歩いたから痛くなったんだなぁ」とちょっぴりうれしい気分でもあった。
ちなみに山崎は、羽柴秀吉と明智光秀の『山崎の合戦』のあったところ。
いわゆる「ここが天王山」ね。
他にも、宝積寺や観音寺などがあり、サントリーの山崎蒸留所もある。
次はぜひ、サントリーの蒸留所へ行って、モルトウィスキーを巡るツアーに参加したい。
観光案内にもハイキングの最後にサントリーの蒸留所には行くようにと書いてあった。
そりゃあ、そうだろう、と思った。
酔っ払ってハイキングは危険だもの~。
JRではなく、阪急の大山崎駅へと歩いていった。
阪急に乗って四条まで行き、親友と待ち合わせなのだ。








