よばれてとびでて。
先日、久しぶりに逢った友人と、久しぶりに “おやじな居酒屋” に行った。
味噌おでんも焼き物もとっても美味しいのだが、お野菜を使ったメニューが少ないので、
いつも『キュウリとワカメの酢の物』を頼んで、少しでもお野菜を‥としていた。
しかし、フト見ると、あっちのオヤジグループのテーブルの上にサラダらしきものを発見した。
慌てて友人とメニューを隅から隅まで見たのだが、今までもその夜も「サラダ」という文字を見たことはなかったのだ。
それで、お店のお兄ちゃんに、「サラダあるんですか?」と尋ねると、軽~く「ありますよ~」と
云われた。
分家無邪気に通い始めて15年以上経つような気がするのだが、初めて気づいて野菜サラダを注文した。
二人で食べるには充分な量どす。
ビールに合うのじゃ~。
おでんにはカラシをつけてネ。
お野菜をたっぷり食べると、おでんがあまり食べられないことにも気づいた。
ここ数年、若い頃と比べると食べられる量飲める量が目に見えて減ったと感じる。
全盛期(?)は二人でワインを2本飲んでも平気で、さらにそのあとBARに行って飲んでいたくらいだ。
当時に比べたら、今は麦茶か烏龍茶と一緒に食事をしているようなものなのか。
ちがうちがう‥
飲み足りない友人には、二次会は私んちで日本酒を飲んでもらった。
テレビを見ながら、私がナゾの辛口コメントを云い続けるを聞きながら‥。
友人とは、ランチにも出かけた。
昨年末、ディナーを食べてすんごく美味しかった、『魚のスープ』へ。
グリンピースの冷製スープ
たっぷりのサラダ
からすみとルッコラのパスタ
どれもこれも期待を裏切らない美味しさで、友人も喜んでいてホッとした。
鹿児島市内の特に天文館はイタリアンのお店が多く、それだけに競争相手があるということで、
どのお店も味が立ち止まらずにいるように思える。
逆に味が立ち止まっているお店も多いのも確かだ。
それが安定した味なのか、立ち止まった味なのか、誰が決めるのかはわからないのだが、
時々「味見するのかなぁ」と感じるのはヤだなぁ~と思う。
そんな私も、いちいちうるさい、と云えば確かにうるさいし、エラソーと云えば確かにエラソーなのだが。
以前、来たときには食べなかったピッツアを今回は頼んでみた。
私はどちらかというと、ピッツアよりもパスタのほうが好きなのだが、
このピッツアは本気とかいてマジに美味かったのだぁぁぁぁぁ~~~
焼きあがるまでだいぶ時間がかかるのだが、待った甲斐がある、とはこのことか?!と
思うくらい美味しかったのだ。
きっと、次もピッツアを頼むと思う。
みなさんも機会があったら是非~(〃⌒ー⌒)/
美味しいものをいただきながら、友人の職場状況(バイトなのにいつもリーダーになる)や
私の“タイプじゃないのが残念な運命のひと” の話をしたり、楽しいひとときだった。
友人とは趣味が同じというわけでもなく、共通の友人が特に多いというわけでもなく、
何で仲良しなのかイマイチ説明が出来ないのだが、「食」と「笑い」のツボと
「さまざまなことに対する距離感」が近いのだと思う。
私は「負」の連帯感みたいなものがキライで、そんなもので繋がっている関係は危ういものだと思っているのだが、友人たちとはそういうのがほとんどないと思う。
楽しいことばかりではないけどね。楽しいことのほうが圧倒的に多いことは確か。
生きてるとツライことも山ほどあるけどね。そうじゃないことのほうが多いからいいのだ。
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