見上げてごらん、夜の星を。
昨日は、とある場所の屋上に行き、アットホームなカンジで楽しく花火大会を観ることが出来た。
ビール片手に、たこ焼き、ポテト、から揚げなどをパクパク食べながら、そしてお喋りしながらの花火見物は、とっても楽しく、自分達も周りの人たちもみんなニコニコしていた。
花火が上がったとき、みんな斜め上を見上げて、幸せそうな顔をする。
いい顔をみると、こっちまで嬉しくなってしまう。
母は全くの初対面の親子と仲良く並んで座り観ていたのだが、最後には一緒に写真まで撮っていた。母も「楽しかったぁ」と云っていた。好かった。
花火大会よりも大きな花火をあげて、私たちまで大いに楽しませてくれたのは、鹿工高だ。
私はあまり愛校心は強くないほうだ。
高校時代、私のクラスには “3大遅刻魔” と云われる3人がいて、2人は男子、そして残るひとりは私だ。
そのせいで、朝のHRのときにクラス全員が揃っていたことは年に数えるほどだった。
っということは、校歌を唄う時間、朝礼にはほとんど出たことがなかったので、私は絶対覚えていないと思っていた。
なのに、甲子園で流れるとあら不思議、覚えているのだ。どういうこと?と思ったくらい。
鹿工高には定時制があった。
夕方、食堂で先生方と一緒にご飯を食べてから授業を受けていた。
時々、近くの西高の先生も食べに来ていた。
私たち全日制の生徒が普通に部活をして帰っても、定時制の生徒と電車が一緒になることは少なかったが、部活のあと(遅刻しても部活はして帰るのだった)、近くのアトリエに行っていたので、時々、帰りの電車で定時制の生徒と一緒になった。
いつも全日の部活に疲れた生徒たちはグタ~ッとなって座席に座っていた。
お年寄りが乗ってきても、立つことはあまりなかった。
でも、彼らよりも何倍も疲れていると思われる定時制の生徒たちは、割と座ることもなく、座っていても、私にまで席を譲ってくれた。
見た目は怖いお兄さんたちが多かったが、社会人として働きながら、夜は学校に通っている、そんな彼らをみて、まだまだ子供だった私でさえ、「大人なんだなぁ」と感じたものだった。
高校2年の運動会のとき、朝からの大雨で、他の高校は軒並み運動会(体育祭)は中止になった。
鹿工高は運動会にかける情熱が他校とはかなり違うと思うのだが、それでも膝まで水が上がっていて、いくらなんでも中止かもねぇ、と思っていた。
しかし、続行したのだ。
各科の代表が先生方と話し合ったのだが、彼らは云ったのだ。
「自分たち(全日制)は明日でも運動会は出来るけど、定時制の人たちは今日(日曜日)しか出来ない。やらせてください。」っと。
もちろん、けが人は続出し、運動会のあと、学校近くの米盛病院から通う生徒が何人もいた。でも誰も咎めることもなく、思い出だけが残った。
私の高校時代は何も自慢できることはないが、定時制のある学校に通っていたことはちょっぴり誇りに思っている。
『見上げてごらん夜の星を』は、定時制に通うひとたちのために作られて曲だと何かで読んだことがある。
事実かどうかは定かではないが、きっとそうだよ♪ってずっと思っている。
ずっと心の隅に追いやられていて忘れそうになったことを思い出した、熱い夏に感謝!
*追記*
花火は実にカラフルだった。
全部を公開するのもなんだかなぁ、なので、ひとつひとつを切り取ってまとめてみた。
以前、冬の花火大会を観たことがある。
12月の後半に都城であったのだが、それは夏のときとは違って、まさに肩寄せ合ってみる花火だった。
今までいろんな花火大会を観てきたと思う。大きいのもあれば、小さい祭りの可愛い花火もある。
なんでもそうだと思うのだが、何を観たかではなく、ましてやどこに居たのでもない。
一緒に同じ時間を過ごしたひとの面影がいつまでも残っているのだ。
思い出だけじゃあ生きていけない。でも思い出がないと生きていけない。
そんなことをフト考えた花火の夜だった。
白い息と手の温もりと。
ハート!
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