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2007年3月

2007年3月31日 (土曜日)

舞い降りてくる。

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だいぶ前のことだが、或るとき、フト天使のくまを作ってみようと思った。
背中にはオーガンジーで羽をつけた。
最初から座った状態になるように作った。
なぜなら、『ベルリン・天使の詩』のように、いろんなひとの肩に座らせたかったから。

カエルの帽子をかぶって写真を撮らせて、と頼むと男のひとは結構イヤがるのだが、
天使のくまさんを肩に乗っけて写真を撮らせて、と頼むと案外OKなのだ。
しかも、みなさんいい顔なのだ。嬉しいらしい。
なぜだ?カエルの帽子をかぶると髪の毛のシークレットな部分がバレるのか?!

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きっと、ヴェンダースも喜んで肩に乗っけさせてくれるだろう。
映画にも登場させたい、と云われたらどうしよう~、といらん妄想も少しだけした。

友達が結婚することになった、と聞いたときに、「彼女はくまさんが大好きだったから、お祝いに天使のくまさんを作ってみよう!」と思い、それを入れるちょっとだけサプライズなボックスも作った。

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箱のフタになる部分を持ち上げると、中箱が十文字に開き、ハートがいっぱい溢れ出すようにしてみた。
くまさんの鼻もハートのビーズなのだ。
結婚披露宴の受付に置いてあったのだが、なぜだかハートを持って帰ろうとするひとが何人もいるのだ。

仲良しのⅠちゃんが結婚する、と聞いたときには、これ以上カワイイものは作れません、というくらいラブリーなくまさんを作ろうと思った。
時間がかかった分、手放すのがイヤになるくらいラブリーなくまさんが出来たような気がした。

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スカートも思い切って全円でパールビーズをチクチクとたくさん縫いとめた。
眼はブルーのガラスでできたものを、お鼻にはお花の絵がついたビーズをつけた。
ハートの数はⅠちゃんの年の数だけ作った。
くまさんの手に持っているハートはこれからカレと作っていくハート。
受付でやはりハートを持っていこうとするひとが何人もいた。
シアワセのおすそわけは、当人たちの笑顔から貰ってね。

最近は、結婚しそうなひとは、ほとんどしちゃったので、天使のくまさんやあみぐるみを作る機会がない。
頼まれて作るのではなく、「○○ちゃんのために作ってあげたい」から作る天使のくまさんは、もう作らないのかもしれない。
でも、私のなかにまた何かが舞い降りて来たときには、そのときの私が出来る限りのカワイイくまさんを作ろうと思う。

それまでは、しばらく休憩なの。
でも、肩には乗っかりにくるから、笑顔で写真を撮らせてネ。

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2007年3月29日 (木曜日)

予告編

Photo_386 マイパソコン

昨日は水曜日なのでレディスデー。映画館へ行った。
2本観たのだが、本編の前には予告編がある。
4月中旬にロードショーされる『東京タワー』の予告編もあった。
映像が始まり福山雅治の歌声が聞こえてくると、マズイことになった。
「うっっ(*_*)」となってしまったのだ。
さらにジョーの泣き顔やセリフで「うっっっ(>_<。)」。
それが昨日は2回。
昨日でポイントが貯まって一本無料で観られるのだが、ポイントカードの期限が2日後!
っというわけで、本日もまた「うっっ(>_<。)」。
予告編でこんなんで私は大丈夫なのか?!

私は『東京タワー』を観てもブログに感想を書かないのでは?と思う。
だって、感動するに決まっているから、きっと。
このキャストで好くないわけがないのだ。多分。
予告編を観ただけで、自分の母親のことが心のなかにプワ~ッとあふれ出しそうなくらい湧き出てくるのだ。
樹木希林の姿に母の姿を重ねてしまうだろうと思う。
リリーのオカンに負けないくらい、この世の中で一番私のことを愛しているひと。
『東京タワー』を観に、母を連れて行きたいような、行かれないような気分。
私は未だ予告編しか観ていないというのに‥。

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2007年3月27日 (火曜日)

おめでとう、ありがとう。

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みなさん、こんにちわ、こんばんわ。
昨年の夏にブログを始めてから、いろんなかたからコメントを頂いて、
本当にありがたく思っています。
少し前から、もう少しでコメントが【1000】になる、と気づいていたので、ちょうど【1000】番目のかたには、なにかささやかなプレゼントを‥と思っていました。
なのに、なのに‥‥【1000】番目はわたくしが‥‥‥すみましぇぇぇぇ~~ん(>_<。)ノ

っというわけで、前後賞の【999】番目の『clusterさん』と、【1001】番目の『もとちゃん』に
何か贈りたいと思う所存です。
いや、もとちゃんにはすでに贈っているので、clusterさんには今度お渡しします。
いらなくても無理やりあげちゃうっっ(〃⌒ー⌒)/ 貰っておくれ~~。

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また、一周年記念とか、だいたい10000人目とかのときには、何かささやかプレゼントができれば、と思っています。
なぜ、だいたいなのかというと、カウント設定していないのでよくわからんとです。
シナプスさんに聞けばわかるのかなぁ?
い~んだぁ~、だいたいで~~。

コメントがあるからこそ続けてこられたと思います。
そして、それがきっかけでいろんなひとたちと出逢えて楽しいことがもっともっと増えてきました。
本当にありがとうございました。
これからも、どうぞよろしくお願いします(*_ _)ペコリ

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2007年3月23日 (金曜日)

ちょっと息抜き。

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友だちとそのお母さん、母と私の4人で揖宿に行ってきた。
友だちも私も、いわさきのポイントがたくさん貯まっていたので、宿泊代は無料なのだ~。

Photo_372 巨大なひとがホテルのあちこちにいる。

おばばふたりがお部屋でお喋りしまくっている間に、私と友だちは地階のおみやげゾーンを
探索(?)。
試食をしながら、「コレは逆に試食がないほうがよかったのでは?」とか「意外においしい」とか云いながら楽しいひととき。

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ビワシラップ漬とイラスト入り軽石。あと、クネクネえんぴつがキッチュでステキだった。

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ワールドバザールみたいなスペースでイヌも記念写真。
カッパの前のダンボールで作ってある車がステキ☆
おみやげゾーンの奥にあるゲーセンコーナーでエアホッケーをするのを忘れたのはちょっとだけ惜しい(>_<。)

ホテル内のレストランは、ディナーは和洋中どれも5700円のみで、味もイマイチ期待できないので、以前、揖宿にいる従兄に連れて行ってもらって美味しかったお寿司屋さんで寿司折りを買って、温泉に入ったあとにお部屋でゆっくりと食べた。
美味しかったよ~ん♪

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夜中から朝にかけてあいにくと雨が降っていたので、日の出は見られなかったのだが、雨の朝も空と海がつながっているみたいでなかなか好かった。
もちろん朝風呂にも入った。露天風呂が気持ちよかですばい。

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Photo_377 菜の花畠と開聞岳

次の日は、母のいなかである頴娃町へ寄ってから枕崎へと行った。
頴娃町にある『いせえび荘』がある番所鼻の海は、私が小さいころから従兄弟たちと遊んだ
場所だ。

Photo_378 林をぬけると‥
3_60 海と開聞岳が見えてくる。

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伊能忠敬が絶景と云った、と思われる場所からの風景。
私はこの砂浜ではない岩場の海岸が大好きなのだ。
昔は手前の場所で従兄弟たちとバーベキューをして楽しんだ。

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Photo_381 今も小さいころと変わりないキレイな海
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幸せなひとときのあと、枕崎でカツオのたたき定食を食べた。

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酢の物、カツオみそ、温泉卵もついていたのよ~ん。
あと、枕崎のもうひとつの名物の鹿篭豚(かごぶた)の塩焼きも食べたのだが、写真を撮るまえに、みんなでイッキに食べてしまったのだ~(^_^;)

Photo_383 美味しかったどすえ~。

川辺の道の駅で夕食の寄せ豆腐とお蕎麦を買った。
美味しそうなパン(天然酵母)も買った。
母はお野菜もよもぎ餅も買っていた。

車が平川から谷山へと進んでいくと、私はいつものようにホッとしてくる。
田舎の自然いっぱいの風景はとってもいいし好きなのだが、それがずっと続くと私はほんの少しだけ息が詰まってくるのだ。
ドライブの帰り、街が近づいてくると「あ~、帰ってきた~」と安堵感みたいなものが湧き出てくる。
なんでだろう。

Photo_384 たこの八つぁん、発見!

母はなによりも田舎でお墓参りができたことが嬉しかったようだ。
家に帰ってから、遊びにきた友だちや兄嫁に楽しそうに話していた。
夜には叔母たち(母の妹たち)に電話で話していた。
運転できない私の代わりに、ずっと運転してあちらこちらに連れて行ってくれて、親孝行の真似事をさせてくれた友に感謝!
本当にありがとう!!

Photo_385 ホテルでママと記念写真

2007年3月16日 (金曜日)

夢みる頃を過ぎても。

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昨日は水曜日、なので映画館へ行った。
「レディスデー、ってなんだ?!男女差別だ!」と云った友人がいたが、何にしても男のひとって、好きなことやモノには金の糸目をつけないから、きっと「見たかったら観るだろう」ということと、それに比べると女のひとは現実的なので、ともかくレディスデーなのじゃあ~。

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ジョーが「ようこそ、ライブハウス武道館へ(←?)」と出迎えてくれた。

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アニキとサダヲ発見!
作品には興味がないが、キャスト的にはとっても興味深々だ。

       

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っというわけで、『ドリームガールズ』を観た。楽しかったよ~ん♪
いろんな助演女優賞を総なめしているエフェー役のジェニファー・ハドソンの力強すぎる歌い上げは正直いって私はちょっと引いてしまったのだけど(もちろん素晴らしいのはわかっているが‥)、それよりも、もっとビヨンセも評価されてもいいのに、とちょっぴり感じた。

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       Photo_369 このライン!

マーメードラインのドレスは彼女たちのための服なのだ、と思わずにはいられなくなる。
ビヨンセは意識したのかどうかはわからないが、リードボーカルになってからの、首や肩の動きや、お腹を少し猫背のように引っ込ませるところとか、かなりダイアナ・ロスっぽさが出ていたように思えた。
なによりも美しくてゴージャス!!
叶姉妹の横に立ってリアルなゴージャスとして打ちのめさせたいくらい(?)。
ミュージカル映画としては昨年観た『プロデューサーズ』のほうが好きだけど、観たあとウキウキして帰れる映画はやはりいいものだなぁと思った。
よくビデオになるまで待つ、というひともいるかと思うが、これは絶対映画館で見る作品だと思う。
大きなスクリーンと迫力のある音響で是非!!

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ちょうど、ロビーまでの通路の左も右もジョーがいる場所があった。
なので写真を撮っていたら、数名のお姉さんたちが立って待っていてくださった。
「どうぞお通りください」と云ったら、ニコニコ笑いながら前を通っていったので撮影続行した。
きっと「あの人、オダギリジョーが好きなんだよ~」と云われているとは思うが気にしな~い。
そのとおりだもの~、のほほほ~(*^_^*)

2_148 こんなポスターを発見(?)

            

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ウキウキ気分で家へ帰ると、パトカーのサイレンが鳴り響いてきた。
すぐ近くにある駐車場で「殺される~!」という女性の悲鳴がした、と通報があったらしく、表通りと裏通り(私んちあるの通り)に10台くらいのパトがピコピコして一時間くらい止まっていた。
その悲鳴の女性も、通報したひともいない、というのだ。
人騒がせな~~。

Photo_371 2_150 記念写真  

2007年3月13日 (火曜日)

フラヌール

Photo_357 ラブリー街灯

ご存知のかたもいるかと思うが、私はひどい肩こり首こりだ。
なので時々、マッサージ&はりをしてもらいに行くのだ。
近所ではないので、バスか市電に乗って行くのだが、帰りはテクテクと歩いて帰る。
このテクテクの時間がとってもお気に入りなのだ。
先日も肩と首が限界になり、マッサージしてもらいに行った。
そこでは、もう10年くらいマッサージをしてもらっているのだ。

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イヌの友だち(カエルくんとラシ男くん)がいるのだ~。
フト考えてみた。マッサージの先生は男性なのだが、この世の中で私の体を一番触っている男は先生なのでは?と。
う~ん‥f(^ー^; どうだろうか‥。
でも今度マッサージに行ったときに、そう云って先生を動揺させてみよう、っと(*^_^*)

Photo_359 HIRATA

お昼ごはんを食べていなかったので、久しぶりに『HIRATA』に行ってみた。
ここはサンドウィッチがいろいろあって美味しいのだ。

Photo_360 チーズバーガーサンド

この日は、ひき肉とチーズとお野菜のチーズバーガーサンドを食べた。
美味しかったなぁ~♪
他のオススメは、豚の紅茶煮のサンドやフルーツサンド、そしてスパサラなどなど。
ランチタイムはセットもあって、駐車場もあるので騎射場辺りにお出かけの際はぜひ!

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ぐるっと中央駅の近くまで歩いて、そのあと川沿いを歩いた。川沿いを歩くのが好きだ。
ブログを始める前から、こんなふうに歩いていたが、もしかすると以前見えていたものが見えなくなってしまってはいないだろうか。
確かに以前よりも見えてきたものもあるが、意識して何かを探しているのではないだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると、駅のほうからオレンジ色の太陽がこちらを照らしている。
そして、「夕焼けのある、“西駅”のままでもよかったのに」と、こころのなかでつぶやいた。 

2_146 何の花?  Photo_364 薩摩な電話ボックス

後日、友だちに話すと、「全然、変わってないよ。ブログを始める前から、メール、それ以前は手紙でかいていたことの延長だよね。あと謎の小冊子でね。逆に昔のほうが写真は撮っていたんじゃないかなぁ」と云っていた。
そうかぁ~、自分でもそうじゃないかなぁとは思っていたんだ~。

何かを確認するために少しだけ不安になってみる。
自分のなかにある弱さやずるさを意識する。
そして、太鼓判を押してくれるであろうひとの肩に気持ちだけでももたれてみる。
すると、また、テクテクと歩いていけるのだ。

4_28 太陽も歩く速度で西へと沈んでいく。

2007年3月 8日 (木曜日)

をとめゴコロはレトロ。

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よく「乙女ゴコロをくすぐる」と云うが、いつかはそんなココロは少しづつ、どこかに行ってしまうものだ、と昔は思っていた。
それが、私の場合、どうにもこうにも増すばかりだと気づいた。
ストラップの靴が大好きで、花柄やピンクも好き。
しかも、それが似合う(?)と来たもんだ、たぶん。

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どうも私が小さい頃から大切に思っているもの、大好きなものはいまやレトロとなっているらしい。
でも本のなかで、大好きな映画『マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ』を紹介していた。
それだけでも信用できる本かも、と勝手にキメツケしてみた。
アフタヌーンティルームでおひとりさまランチをしながら、この本をみている。
かなりナルちゃんなオトメゴコロなのだ~。

Photo_352 同じひとのこちらの本もホックリ気分。

Hokuo_fabric_cover ラブリ~~~!

北欧ブームが続いているが、私はちょっと好き、といったカンジなのだが、この本は書店で見たときから、眼のなかがお星様☆状態~。
ページをめくるたびに、「う~う~、可愛すぎる~、どうにかしてくれぇぇ~」となってしまう。
この本のなかのファブリックは全部欲しいくらいだ。
ジタンダしてしまうかも~。
でも、私は北欧なカンジのものを持っていただろうか?と思った。
布地がちょこっとあるくらいで、たいして持っていないと気づいた。
ただ、ひとつだけ、5~6年前から愛用しているワンピがそれっぽいかも~と思って写真に撮ってみた。
Photo_353 どうざましょ?

Photo_354 ハンカチーフよ~ん。

もうこの本も「ズルイ!」と思うくらいラブリー光線が出まくっている一冊。
男のひとが大好きなグラビアアイドルの写真集をみて興奮する気持ちがちょっとだけわかるような気がした。
私にとっては、まさしく、この本のなかのハンカチたちはグラビアアイドルなのだ。
そんなわたくしの大切なセットがコレ↓
Photo_355 何が入っているのかしら?
2_141 ハンケチよよ~ん!

昔のハンカチを復刻してセットにしたもの。
二日分のお給料が飛んでいったけど後悔してないわっ(>_<。)ノ

寝る前にお布団のなかで、こんな本を眺めているときがとってもシアワセだ。
だけど、大好きな人の腕枕とどっちがいい?と聞かれて、こっちのほう(本)と答えるようになったら、もう少し考えよう。

何を?

オトメゴコロの行方を。

2007年3月 4日 (日曜日)

目覚めたわけではない。

Photo_344 食べられちゃう~!

こないだ、毎日のようにちゃんと自分の食べるものを作った。
いつもは専属バアヤが作ってくれるから、お嬢(?)はお家では何にもしないのだ。

Photo_345 ある日のランチ

カルボナーラみたいなものと、キュウリと笹かまの中華風和え物。
私はキノコが好きで、パスタにはよく入れるのだ。
キノコで嵩を出してパスタの量を少し減らしているらしい(←他人事のよう)。

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冷蔵庫に入っていた残り物でドリアを作ったのじゃ~。
一番ぜいたくなのは、上に乗っかっているチーズがパルミジャーノとコンテのどちらも長期熟成ものだというところ。
そのせいか、かなり美味しくって世間のみなさんに申し訳ないくらい。
また、キノコを入れてご飯の量を少し減らして‥(←意味があるのか?!)。

070222 チキンソテー・プロヴァンス風(?)
0702222 たくあんとレタスのサラダとバゲット

一人分、約150円の鶏肉がごちそうになっちゃうのが、このチキンソテーのプロヴァンス風なのだ。
何がプロヴァンスなのかは不明だが、ソースがニンニク・トマト・パセリ・レモン汁・白ワインだからなのかなぁ~。
このソースが嘘みたいに美味しいんだなぁ~これが。
パスタにかけてもヴォーノ・ヴォーノ(*^_^*)
肉を焼くときは片時もフライパンから離れない。
お肉にフライパンのなかの油をずっとかけながら、その油で蒸し焼き状態にするから。
この焼き方をし始めてから、以前よりも鶏肉をたべるようになった。
だって、お肉がプク~と膨らんで柔らかいんだもの~~(>_<。)ノ

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父の祥月命日にあわせて母が “ぼんたん漬け” を作った。
これは、ぼんたん(文旦)の皮と実の間の白い綿のような部分で作る、ぼんたんピールみたいなもので、鹿児島では昔からあるお茶請けだ。
なので、皮と実が余るので、私はそれでぼんたんママレードを作った。
皮はかなり苦いのでアク抜きしたが、それでも普通のママレードに比べたら苦いと思う。
オ・ト・ナ、のママレードってことで‥(^_^;)

2_140 ほろ苦ママレード

なんだか、料理に目覚めたように思えるかもしれないが、そうでもない。
たんに気が向いただけなのだ。またお嬢に戻っている。
でも、そろそろお昼に外ランチをしたいなぁ~と思っている。
そのときには、また作ろうかなぁ~。
ポッカポカ天気の外ランチ、みんなで美味しいものを持ち寄ってしたいなぁ~♪

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そうそう、もちろん、美味しくなるおまじないは欠かせないのだ。

2007年3月 2日 (金曜日)

父の椅子

Imgdispbook 『父の椅子 男の椅子』 宮脇彩 著

建築家の宮脇壇の二十世紀の名作椅子のコレクションのある家で生まれ育った娘の彩さんが、「カッコイイことは良いこと」を実践していた父、宮脇壇の思い出をステキな椅子のエピソードと写真とともに紹介してくれる一冊。
5~6年前に初めて読んだのだが、読み終えたあとは涙がポロポロ。
幸せな娘であり、幸せな父親の本だ。

20041

私の父は家具職人だった。
中学校を出たら、すぐ見習い工として家具屋に入った。
太平洋戦争のときには、そこから満州へと出兵して行った。
戦後、引き上げてきてからまたその家具屋で55歳の定年までずっと一職人として
決して高くはないお給料で真面目に働き続けた。
私は父が45歳、母が38歳のときの子どもで、父が定年のときにまだ小学生だった。
そのあと父は屋久杉の工芸品を作る会社で10年間働いた。
経験を積んだ職人でも地方の小さい会社で、さらに定年後ということもあり、
お給料はさらに安かった、と母から聞いたことがある。
母は父のところに嫁いでから、私が小さい頃には昼も夜も働いていた。
それまでにはいわゆる「お勤め」などしたことがなかった母だった。
小学2~3年くらいまで夜は父とふたりで過ごしていた。
そのうち母は昼間だけ働くようになり、夜は家族3人になった。
両親が頑張ってきたから、小さいながらも今住んでいる家も土地も自分たちのものになった。
私は中学生の頃まで、自分の家が貧乏だとわからずに育った。
大切に大切に育てられたおかげだ。
それなのに、私は段々と父に小さく反抗するようになった。
そして、父は自分のことがきっと嫌いなんだと、思うようにもなった。

社会に出て、接客の仕事をするようになってから、あるとき気づいた。
笑顔で接するひと、やさしく接するひとには、よっぽどのひとじゃない限り、笑顔で返してくれる。
カンジが悪いひと、横柄にひとに腹か立つからといって同じように接すると倍になって返ってくる。
私は何をしてお給料を貰っているのだ、と。
そして、あぁ、私は娘なんだ、子どもなんだ。小さい頃は一身に父に笑顔で甘えていたのだと。
それから少しづつだけど、前よりも楽しい我が家になっていった。

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1993年の8.6水害のときには、父が作ったものがことごとくダメになってしまった。
特に私が小さい頃から使っていた勉強机は16歳離れた兄の代から使っていた大好きな机で、
それが壊されるときにはその場にいられなかった。
でも、一番こころに残っているのは、母のひとことだ。
家の一番奥の部屋の棚のなかに、父が50年以上使って来た工具箱が入っていた。
なにしろ、一番奥なので取り出すのがだいぶ遅かった。
ドロ水に長いことつかっていた鉄の工具はすでに錆びが出始めているのもあった。
それを見つけた母が「ごめんなさい、ごめんなさい‥」と泣きながら、手に持っていたタオルで
工具ひとつひとつのドロを拭きながら「これで私たちは生活させてもらったのに‥」とつぶやいた。
そうなのだ。父がコツコツと真面目に働き続けてきたからこそ、母も働けたし、私たちも大きくなった。

水害からしばらくして、父は甲状腺のガンが見つかり、長時間の手術を何度も受けて、約10年間頑張って3年前に亡くなった。
亡くなる半年くらい前まで自転車に乗っていたし、兄貴の末っ子の成人式にも出ることができた。
亡くなる前夜には兄と腕相撲をして勝って喜んでいたそうだ。
亡くなる朝まで口から食べ物をとることもできた。
私は病院のベッドの横に付き添いながら、「お父さんがずっといてくれたから、小さい頃ちっとも寂しくなかったよ、ありがとうね」と云うことができた。
少し笑って私の手を握った。
家族見守られて安らかに天国へ行った。

水害のあと、父が作った椅子がある。
何のかざりもないけど、とにかく丈夫でガッシリした、父のような椅子。
私はこのパソコンの隣において小さいテーブルのようにして使っている。
同じものがもうひとつあるけど、誰にもあげない。私の椅子だから。

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父は「母ちゃん命!」だった。私と母が出かけると私に対してヤキモチを妬くくらい。
でも亡くなってから一度も母の夢にでたことがないらしい。
私の夢には時々出てきて、いろんなものを作ってくれる。
亡くなってからはじめて夢に出てきた父が作ったのは、天蓋のあるベビーベッドだった。
きっと、父が私に一番作ってあげたかったものだったのだろう。
ゴメンなさい、お父さん。

きょうは父が亡くなってからちょうど3年。
今でも『父の椅子 男の椅子』を時々パラパラと見る。
初めて読んだときよりも、いろいろと思い出が溢れてくる。
今でも父が生きていてくれたら、ああいうこともこういうこともしてあげられるのに、と思う。
面影はこころのなかで色あせずに残っている。
私もシアワセな娘だ。

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    観た映画を忘れちゃう前にメモしておこう、と思っていたのにすでに忘れています‥。

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